2018年3月、9月24日、12月24日

 2018年9月24日はお別れの日。

 と、発表があったときは、目は文字を追っているのに、それがこれから本当に起こることだと実感できないでいた。当初のお知らせでは、夏の成長の集大成という名目でライブが行なわれるはずの日でした。しかし、実際は、活動を始めてからの約2年半の集大成となるライブでした。7人のメンバーが AIS -All Idol Songs- として行う最後のライブでした。

 

 AIS は、アイドルファンの記憶に残り語り継がれる「21世紀以降のアイドルソング」を、現在、そして未来に歌い継いでいくことをコンセプトに、2016年6月11日より活動をスタートした、橋本麗愛、栗原舞優、朝熊萌、島崎友莉亜、関澤朋花、徳久陽日、磯前星来の7人組のグループ。

 そして、私が初めて好きになり応援することとなったアイドルグループだった。

 

 発表から20日経ったその日、彼女たちはいつも通りステージに現れ、1曲1曲を大切に歌い終えていった。これまで自分が見ることができたライブ、見ることはできなかったけれど映像に残っているライブ、映像には残っていないけれど確かにあったライブ。そうした彼女たちの日々の積み重ねが、あたかも目の前にふわっと浮き上がってくるように感じた。この曲たちをこの7人で歌うのは最後になるのかと思ったら、知らず知らずのうちに涙が溢れていた。楽しむ気持ちしか持っていかなかったのにね。そして、今この瞬間を覚えていたいと思った。なかったことになんてならないように。けれども、目はカメラではないから、いつかは忘れてしまうのかな。決して長くはないけど、彼女たちがいた日々が好きだった。

 

 最初に AIS のことを知ったのは、2018年3月。色々と音楽を漁っているなか、DJ やサウンドプロデューサーをしている tofubeats さんがリミックスをした『SWEET & TOGHNESS』を聞いていた。そのときは、南青山少女歌劇団キャナァーリ倶楽部というグループが歌っていたアイドルソングであることなど、何も知らなかった。次に何を聞こうかなと思っているとき、ふと目を横にやると、ピンク色の文字で同じ曲名が書いてある、一際目立つ動画が目に止まった。それが AIS との出会いだった。

 クリックした先にいた歌い踊る彼女たちの姿は、アイドルに対してステレオタイプのイメージしか持っていなかった自分にとって衝撃的だった。「すごい」と思わず口から出そうになった。一人一人が芯のある歌声を響かせ、サビで拳を何度も突き上げる姿は、パッと見たときの容姿のあどけなさとは裏腹に力強く見えた。音源をかぶせるのではなく、その場でハモりをするなど、ライブの生々しさがかっこいいなと感じた。そして何より、楽しそうにパフォーマンスする姿が印象的だった。

 

 初めてライブに参加したのは、6月23日に新宿 Zirco Tokyo にて開催された 「AIS - Carnival vol.3 ~AIS の夏がやってくる!お披露目2周年公演~」だった。

 アイドルのライブはどんな感じなのだろうか、右も左も分からない人が行ってもいいのだろうかと躊躇していたけれど、毎日更新されるライブや日常を映した動画、ファンの方がSNSにアップする楽しそうなチェキや感想、好きな映画監督の「会いに行く以上の愛はないと思う」という言葉に背中を押されて、ドキドキしながらチケットを取った。

 ライブが始まると、1曲目に披露された『キャプテンは君だ!』から、ずっと気持ちが浮ついてしまっていた。ブワッと風が吹いていくような歌声。ステージに擦れる靴の音。大きな歓声に包まれる彼女たちの笑顔がそこにはあった。さっきまでなんてことなかったライブハウスが、キラキラとして見えた。魔法のようだった。『ICE CREAM MAGIC』での、大サビに向けて会場がさらに熱気を帯びていくパフォーマンスに盛り上がったかと思えば、続く『雨』では、しっとりと感情を込めた歌声を響かせる。曲ごとによって変わっていく彼女たちの姿に、グイグイと引き込まれていった。華美な衣装や派手な演出などに頼らず、白のシンプルな衣装をまとい、本人たちが持っている魅力のみを頼りにしてステージの上で輝く姿は、とても魅力的だった。誤魔化しのない真っ直ぐさが好きだなと思った。時間がもの凄く早く感じた。

 また、ファンの方々も優しい雰囲気で、ライブに行くのを躊躇していたのは杞憂だったなと思った。水兵をイメージした新衣裳の説明のときは誰が促すわけでもなく、後方の人にも見えやすいようしゃがみ込む気遣い。本編最後の『お受験ロックンロール』の肩を組む振り付けで、自分の肩にもスッと腕を回してもらい、一緒に楽しむことができて嬉しかった。新参者でも楽しむことができ、ここに居ていいのかなと思えた瞬間だった。受け身になるのではなく、皆でライブを盛り上げようという一体感、各々が自由に楽しみながらも団結している感じが新鮮でもあった。

 そして、終演後の「今回の夏は何年後かに思い出したときに、懐かしいなあと思ってもらえるような、印象に残る夏にしたいです」という磯前星来ちゃんの言葉を皮切りに、2018年の夏に突入していった。AIS に完全に魅了され、夏が始まった。うだるような記録的な暑さが続いた夏、彼女たちが AIS として過ごした最後の夏。

 

 私は夏が嫌いだった。じりじりとした太陽や押しつぶされるような主張の激しい空気を避けるため、できるだけ外には出ないようにしていた。けれども今年は違った。気が付けば、TIF と名古屋遠征以外の全ての AIS が出演するライブやイベントに足を運んでいた。ただただ、かっこいいライブが見たい、彼女たちに会いたいという気持ちが先行していた。夏が楽しいと初めて思えた。 

 AIS の皆が、これまで行ったことのなかった場所に連れ出してくれた。TFM ホールや LOFT9、AKIBAカルチャーズ劇場、南青山Future SEVEN、横浜アリーナ、郡山HIPSHOT JAPAN 等々。どの場所でも、ときにはかっこよく、ときには可愛く、熱気が伝わるパフォーマンスをしている姿を見ることができた。気がついたら、全てが記憶に残る場所になっていた。

 また、徳久陽日ちゃんと磯前星来ちゃんの「ようせい(陽・星)」コンビの「歌ってみた」、関澤朋花ちゃんのメンバーにしか撮れないような日常を捉えた「MOCAMERA」など、ライブ以外の発信も夏に入ってから増えていった。色々な思い出を形にして残してくれていたのかな。

 夏が終わる頃になると、夢のような日々にのぼせ上がり、楽しい時間が永遠に続くことを願うようになっていた。「秋も冬も春も、次の夏も」とメンバーに宛てた手紙に書いてしまった。けれども「永遠」には勝てなかったみたいだった。彼女たちが過ごしてきた日々に編み込まれていた努力の行き先がなくなってしまったかのように感じて、勝手に悔しかった。それでも、解散の日までこれまで通りの笑顔を、ラストライブでは最高の姿を届けてくれたのは AIS の皆だった。辛いのは皆のほうなのに。最後の最後までもらってばかりだった。

 

 AIS に出会ってから、生活リズムが変わっていった。平日は21時頃、休日は19時頃に動画が更新されると1日の終わりを感じる。週末のライブが近づくにつれてワクワクして、時間を早送りしたくなった。知らず知らずのうちに生活の軸のなかへ、AIS が入り込んでいた。好きになる準備もしていなかったので、戸惑いもあった。それほど熱中することになった要因は何だっだのか。今でも明確な答えは見つけられないでいる。

 

 楽曲が魅力的だったことも確かだ。一つの音楽ジャンルを身に纏うのではなく、色々な音楽を吸収して表現しようとする。アイドルらしい『こいしょ!!!』や可愛さを前面に出した『こあくまるんです』、激しい曲調の『Over The Future』、『レントゲン』。季節を感じさせる『桜並木道』、『サマーライオン』、『ジングルガール上位時代』。歌声のみで魅せる『雨』、全編ラップの『マーチングマーチ』等。全43曲。様々な音楽の扉を自由に行き来するのが楽しかった。カバーというコンセプトだからこそできたのかな。AIS が歌い継いでいる曲はどれも素敵な曲ばかりだった。どの曲も平均点を取ろうとしていない選曲だったなと思う。

 そして、その全ての曲が、今は歌われなくなってしまった曲でもあった。歌は歌われてこそで、どんなに良い曲であっても誰にも歌われないのでは意味がない。その曲たちに新しく息を吹き込み、さらに輝かせていたのが AIS だった。AIS として歌う意味を咀嚼し、AIS として曲を作り上げていて、見ていてワクワクした。その姿を追いかけたいと思った。与えられた曲を披露するだけではなく、既に一度完成されたものに自分たちの色を加えていく。そのような新たな層を積み重ねていく過程に興味を惹かれた。加えて、メンバーと曲との距離感が絶妙だと思った。曲を信頼して自分たちのやり方を貫いているからこそ輝きや鋭さが増し、その音に乗せられた言葉がかえって生々しく聞こえていた。また、胸ぐらを掴む体育会的な感じで歌詞も聴かずに盛り上がるのではなく、とにかく質の高いものを間違わずに届けようと、あくまでもポップさを失わないパフォーマンスがもたらすライブの雰囲気もよかったなと思う。

 

 そして何よりメンバー7人、それぞれが魅力的だった。夜空にちりばめられた星が、物語を与えられ繋がって星座になるように、7人がまとまって作り出す音楽や世界はいっそう輝いて見えた。メンバー間の仲の良さも見ていて楽しかった。特典会中の待ち時間に、BGMに合わせて何人かで歌ったり踊ったり、誰かの膝の上に乗っかったり、ちょっかいを出したりするのを見てほのぼのした気持ちになり、いつも帰路に着いていた。

 私が特に惹かれていたのは、磯前星来ちゃんだった。「音楽が好き」、「歌うことが好き」と言ってくれているのが何よりも嬉しかった。初めてライブ動画を見たとき、もっと曲を聴きたいと思ったのは星来ちゃんの歌声がきっかけだった。声に輪郭があって、声量があることも相あまって、どしんと響いてきた。ハモリパートでの優しく寄り添うような繊細さも好きだった。

 私にとって星来ちゃんは、一番初めに光って見えた一番星で、一番輝いて見えた一等星だった。アイドルという未知の場所に足を踏み入れ、地図なんてなくて迷っていたとき、とにかく星来ちゃんを目印にして付いていこうと思った。歌のなかに星来ちゃんの声を探してしまったり、ダンスを追ってしまったり。一瞬一瞬が見逃せない存在になっていた。

 興味を持ったことに対する瞬発力や、やってみようと思ったことに向き合う姿勢など、一人の人間として尊敬していた。短所として「すぐ諦めちゃう」と挙げていたけれど、恒例となっている特典会終わりのダジャレをしゃがみ込んで考えている姿を何度も目にしていて、そんなことないよといつも思っていた。原田珠々華さんとの2マン公演で披露した『雨』のピアノ伴奏だって、練習時間が限られていたり、指を痛めていたりしたのにやりきっていた。何より、AIS としてアイドルをやり抜いていた。そんな彼女のふとした態度や言葉が、些細なことであっても波のように押し寄せてきて、私はいつもその波にのまれて、乗りこなすことなんてできずにいた。ステージ上の人が、受験生なのに夏休みの宿題が多いとぼやいていたり、妹に料理を作ってあげていいお姉ちゃんでしょと自慢してきたり、酪王カフェオレ甘すぎたよねと笑い合ったり、他愛のない話をしてくれたのも嬉しかった。

 

 けれども、今になって思えば、目標に向かい一つになって進んでいく7人の姿に、ただ憧れを抱いただけだったのかもしれない。楽しいこと、辛いことを共有しながら、一つになってステージの上に立つ姿に羨ましさを感じただけなのかもしれない。いつも笑顔で迎えてくれるのが眩しかった。

 魅力は挙げればきりがないけれど、結局、好きの理由を明確にできないからこそ、「好き」なんていう曖昧な言葉に頼るしかないのですね。

 

 私は、彼女たちの約2年半の物語に、ぎりぎり途中参加したに過ぎない。アイドルネッサンス候補生や、AIS 結成、新人公演、定期公演1000人達成など、大きな節目となる出来事に何一つ立ち会うことはできなかった。動画などによって、後追いで断片的に知ることができただけだ。だからこそ、そのときそのとき、精一杯頑張り続けくれた皆に感謝の言葉しかない。皆が続けてくれたので、AIS に出会うことができました。ありがとうございます。

 

 今でも AIS の歌が好きだなと思う。メンバーやファン、スタッフの方々など、あのときあの場にいた人たちの共通項は、「音楽が好き」という気持ちだったのかな。グループのことを「箱」と言うけれど、私にとって「AIS」は「家」のように思えた。7人のメンバーがそこにいて、週末になるとファンが集まってきて、ワイワイとパーティーが開かれて。通うごとに部屋の間取りや物の配置を覚えたり、お気に入りのソファを見つけたりするように、会うたびに曲を覚えたり、メンバーの魅力を見つけたり、好きなところが毎回増えていった。思い出が色々なところに刻み込まれていった。仮に「音楽の力」が本当にあるのだとしたら、AISに出会えたこと、そのことこそが「音楽の力」がもたらした奇跡なのかなとも思う。音楽を通じて、繋がることができたのかな。AIS を好きになることができて本当によかった。

 3ヶ月が経った今、その家には思い出しか残っていなくて、もぬけの殻で、AIS としての「次」はなく、皆が一同に集まる場所もない。けれど、何が原因だったかなんて分からないし、誰の責任でもないから、今はただ、自分自身の新たな道を進む時期がきて、家を出たのだと思うようにしている。これからのことはわからないけれど、あなた達がいたことは知っているから。人生は長いし、まだここは通過点。花が咲いて散って、また咲くような。その花びらを綺麗に押し花にして残してくれたのだから、私がそれを汚してはいけないと思った。そんな当たり前のことを教えられた日々だった。あと何回、こんな心地の良い夢を見ることができるのかな。みんなも優しい夢を見ていてほしいな。2018年のあなた達と過ごすことができて幸せでした。勝手な思いになってしまうけれど、進んだ道の先でそれぞれが光ることを見つけていってほしいなと思う。好きな人がやりたいことをやって生きていける世界でないなんて嘘だよね。そして何より、どこかで元気でいてくれることが、一番嬉しいです。